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| 「ゲッコウヤグラのくれた思い出」 |
姉がリヴリーを飼い始めたのを見て、私もリヴリーを飼い始めることにした。
選ぶ際に姉がやっている画面をちらりと覗いてみた。
哺乳類や鳥、恐竜などを象ったリヴリー達が小さな箱庭で会話をしている。
その中で、一番目を引いたのがあのリヴリーだった。
くるくると回る二色、あるいは一色の綺麗な模様が私の心を奪っていった。
しなやかな4本の脚と、硝子球のように透き通った目を持つ海洋生物のような姿を象ったリヴリー。
ゲッコウヤグラ。それが彼らの名前。
そして、私もリヴリーを飼いはじめた。
もちろんゲッコウヤグラである。名前はどんな人でも知ってるであろうある薬品の名前。
いろいろと調べて誰が見ても美しいと思われるゲッコウヤグラを目指して餌を与え続けた。月の色と若草色を混ぜた穏やかな体色を完成させた時には思わず頬が緩んだ。
そして、嬉々としてやどかり亭へと向った。
けれど、ゲッコウヤグラの評判はその当時あまり良い物では無く周囲からはゲッコウヤグラって気持ち悪い、
といった声があがっていた。
人見知りをする私にとってはそんなヤグラを気持ち悪がる会話にも混ざることがうまくできなかった。
わずか半年後、そのゲッコウヤグラはモンスターの戦闘であの世へ去ってしまった。
季節はもう秋、そしてハロウィンイベントの真っ最中であった。ハロウィン限定リヴリーが配布されている中、 ハロウィン限定リヴリーを飼うか、それともゲッコウヤグラを飼うか。
—そんなの決まってるじゃないか。
そうして、私は再びゲッコウヤグラを飼いはじめた。
今度は季節にちなんで秋の天使の名前を拝借し 白い体に薄い桃色と淡い水色の儚げの色にした。
ふと、この美しい色のゲッコウヤグラを見てとある事を思いついた。
—ゲッコウヤグラの図鑑を作ろう、これは間違いなく面白い!というか私も見てみたい!
数日後、私はゲッコウヤグラの図鑑のHPを立ち上げる準備を始めた。
他のゲッコウヤグラの飼い主さんに協力を申し込んで図鑑を作り上げていった。人に頼むにはどうすればいいのか、どうすれば人が集まってきてくれるかそんな事を考えている内に胸がドキドキワクワクした。
会話でさえままならない私にとって見知らぬ人に物事を頼むには勇気が必要だった。
そして勇気を振り絞り、ゲッコウヤグラの飼い主に積極的に話しかけ協力を頼んだ。
その後は段々慣れていき若干気遅れしながらも他のパークでも会話にも混ざれる様になった。
軽いジョークも言えるようになって名前を覚えてくれる人も増えていった。
そしてわずか1年の間100人近くの飼い主さんがゲッコウヤグラの図鑑に協力してくれた。
いろんな世代のゲッコウヤグラの飼い主さんと会話ができていろんな経験をした。
自分の大学受験のためにこの私が作ったヤグラ図鑑はもう閉鎖したが、この経験が 私の人生に大きく影響を与えたと思う。
そしてあれから1年が経過した。今でも私はゲッコウヤグラを飼い続けている。
最近はパークに行って他のリヴリー達との会話をしていなかったが今日は、パークに行っていろんな人と
会話をしてみようと思う、久々だから会話になるかどうかわからないけれどいつだって私の傍にはこいつがいる。
小さな箱庭に大きな思い出、心温まる箱庭に心温まる思い出。
ゲッコウヤグラがくれた沢山の心温まる経験と思い出はきっと私の青春のひとかけら。
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