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| 「母とノンタン」 |
父親が無類の動物好きである我が家には、物心ついたときから犬や猫がたくさんいた。
とても幸せな毎日だったが、ひとつ気になることがあった。
私や父が猫といるところに母が顔を出すと、猫たちはサーッとどこかへ姿を消してしまうのだ。
優しい母が、なぜ猫だけには好かれへんのかなあと不思議でたまらなかったのだが、後でようやく真相を知った。
なんと母は、猫が大の苦手だったのだ。
「なんでキライな猫をずっと飼ってたん?」
と私が聞くと、母は
「ママはずっと鳥が好きやったから、鳥を襲う猫は敵やて思ってたんよ。でもパパや子どもが飼いたいって言うなら、
と思って我慢してたん。でも猫もママの気持ちが分かるんやね、絶対ママにはなつかへんやろ」
と答えた。私は母の本心に驚くとともに、ずっと謎だった母と猫たちの間の微妙な雰囲気にようやく納得が
いったのだった。
そんな母に変化が訪れたのは、5年前のことだった。偶然入ったペットショップで、店の隅っこの小さなケージに
押し込まれるように入っていた子猫を見つけたのだ。いやな予感がした母は、すぐに店員に理由を聞いた。
「ちょっと、この猫、どうしたん」
「ああ、その猫、一度売れたんですけどおなかがゆるいから、って返品されたんですよ」
「おなかがゆるいから返品? そんなん生き物やねんからおなかぐらい壊すでしょう」
「まあ、そうなんですけど、商品ですから」
「ほんで、この猫これからどうなるの」
「いやあ……本部に返して……」
口ごもる店員の態度に腹を立てた母は、
「おなか壊したぐらいで処分されるんやったら私がもらうわ」
と言って、その場で子猫を引き受けて帰ってきてしまった。
「生まれつき耳が折れてるし、足も太くてたぬきみたい。外国の猫って変わってるなあ」
帰宅後、うずくまる子猫を撫でながら話す母を見て、私と父はすっかり驚いてしまった。苦手な猫にこんなに
執着している母を見るのが初めてだったからだ。母親はその場で、
「名前はノンタンにしよう。なんか、絵本あったやん、猫の。可愛いし、似合ってるわ」
と、名前まで決めてしまった。
翌日さっそく獣医にノンタンを連れていくと、店での乱暴な管理が原因で、腸の病気にかかっていたことが
分かった。このままでは衰弱して死んでしまうので、つきっきりの治療が必要だと言われ、その日から母とノンタンの
闘病生活が始まった。普通のキャットフードだと腸がただれてしまうため、母は毎食毎食、薬を混ぜ込んだ
カッテージチーズをスプーンで食べさせ続けた。他の猫に病気がうつらないよう、ノンタン専用のトイレが設けられ、
毎日母が便をチェックした。
「スコティッシュフォールドとかいうえらい高い猫らしいけど、タダでもらえてラッキーって思ったら、
病院代がバカみたいにかかるし、えらい損したわあ」
と冗談まじりに母はよく笑った。急にノンタンの食欲がなくなり、母を不安にさせることも一度や二度ならずあったが、
母はあきらめなかった。
そんな闘病生活が2年続き、ついにノンタンは全快した。
体が元気になるにつれて、他の猫や犬とも仲良く遊ぶようになった。庭の犬小屋で犬と一緒に寝てしまったり、
木登りをして降りれなくなって大声でないて助けを呼んだり、アクロバットみたいなポーズで眠りこけてしまったりして、
ノンタンの話題は毎晩我が家の食卓にのぼった。
私と父がなによりびっくりしたのは、全快したノンタンが朝から晩まで母の足元から離れないことだった。
私や父にもなつくのだが、母が「ノンターン」と呼ぶとすごい勢いで声のするほうへ駆けて行く。
夜になると、他の猫たちはみんな父親の布団に入るのだが、ノンタンだけは母のそばにぴたっとくっついて眠る。
とにかく一日中、母にべったりなのだ。
「変わった猫やわ、ほんまに変わってる」
という母に、
「ママの献身的な看病が伝わったんやなあ」
と父も感動してうんうんとうなずいていた。
「今まで猫って、恩は伝われへんし、愛想はないし、にくたらしいわーと思ってたけど、のんたんみたいな猫もいるんやね。
この猫はほんと、可愛くて可愛くてたまらん」
と母は毎日、何度も繰り返す。
今は私も実家を出て東京でひとりで暮らしているが、母と電話をするたびに横にノンタンの気配を感じて
微笑ましく感じることがある。
また、たまに実家に帰った折りには、母の意識が私に集中していることに感づいたノンタンが私をギロリと
にらんでくることもある。一人前に、やきもちを焼いているのだ。私は母に聞こえないように、
「だって娘は私やもーん。ノンタンは猫でしょ」などと言って、からかいながら応戦している。
ノンタンがいなかったら、「猫」という存在は母にとってずっと同じものだったに違いない。
母の猫との暮らしに愛と信頼を与えてくれたノンタンに、心から感謝している。
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